現役漫画家が考える業界の変化とこれからの戦い方

根田啓史(ねだ・ひろふみ)。宮城県仙台市出身。漫画家を目指すため大学入学を期に東京へ。大学卒業後、古本屋で働きながら自身の作品を描き、2年の下積み時代を経て漫画家デビュー。代表作は「僕のヒーローアカデミア」のスピンオフ「僕のヒーローアカデミア すまっしゅ」

–根田さんは、いつから漫画家になりたいと思いはじめたのですか?

高校生の時です。地元は宮城県仙台市なんですけど、仙台みたいな地方都市って東京や大阪にある会社の支社が割合として多いです。

将来はそういうところで働くんだろうなとなんとなく思いながらも、そこで働いていても自分で考えたプロジェクトとかはできないんじゃないかと感じていました。

また、当時はバブル崩壊直後で企業に悲観的な雰囲気が漂っていたのもあり…。

そんな中、漫画やCDの一つの作品が100万枚とか売れていて、夢があるなと感じました。地方出身の人もいっぱい活躍していましたし。もともと漫画が好きだったのもありますが、漫画だったら自分でも書けるかなと思って漫画家を目指してみました。

–そうなんですね。漫画家になるためにそこから何をしましたか?

出版社が関東に多いことが分ったので、まずは関東へと。
親に「関東に行きたい」と言ったら、国立の大学に入るなら仕送りをしてやってもいいと言われました。楽できるなら楽できた方がいいなと思って受験勉強をしました。できたところまでで入れる国立の大学探して…。埼玉大学というところの教育学部です。

–教育学部だったんですね!

はい。でも大学入ってみると大学生活が楽しくて漫画ほとんど描いていませんでした。

そして卒業のタイミングで「漫画家を目指します」と親に伝えました。

当然「教員になるんじゃねーのかよ!!」と怒られました。(笑)
父に漫画賞を取ったりしたのかとか、出版社につてがあるのかとか聞かれて、「今からやる」と返すとめちゃめちゃがっかりされました…。

当時漫画家志望って結構多くて、父は同僚に「子どもが漫画家になりたいとか言い出して困る…」っていう話をよく聞かされていたらしいのですが「まさかうちも…」と嘆いていました。申し訳ないなと思った記憶があります。

–それは大変ですね(笑)その後はどうしましたか?

大学卒業後は古本屋で働きながら漫画を描いては週刊少年ジャンプに持ち込んでいました。なんとか新人賞に引っかかり、その二年後くらいに雑誌デビューしました。
デビュー後は、色々な先生のアシスタントをして、漫画の描き方を学びました。
でもそのあと全然うまく行かなくて。生き馬の目を抜くような世界なので、覚悟が足りなかったんだと思います。


結局ふてくされてしまって、27歳ぐらいからは3年間ほどほとんど自分の作品を描いてませんでした。

30歳を超えて自分ライフプランというか、人生の終わりまで考えたときに、このままでいいのかなと反省するようになって…。そこから改めて頑張って漫画をかくようになりました。

投稿先もジャンプに限らず各社巡って。そこで出会ったいろんな編集者たちの漫画づくりを見れたのも成長に繋がったのかなと思います。それまでずっと一人の編集者と漫画を作っていたので。

少しずつ雑誌に読み切り載せたり連載会議かけたりできるようになった矢先に「僕のヒーローアカデミア」という作品のスピンオフの話を頂きました。

当時とにかく連載を経験して連載の肌感を掴みたいと思っていたことと、漫画業界が新しい企画を売るより、あるものをもっと盛り上げるスタイルにシフトしていると感じていたことから、ぜひにって感じで受けました。

今では誰でも知ってる作品ですが、当時はまだ三、四巻の頃で、どこまで売れるか見通しが立っていなかったため、一緒に盛り上げていくんだ!みたいな気持ちがすごい強かったです。さすがにその既巻数でスピンオフ始める漫画ってそうそうないと思うので。


そのため、キャラクターの情報も全然なくて、毎週原作とキャッチボールするような気持ちで書いてました。「このキャラこうなの!?」みたいな。
自分なりに考えて色々コンテンツ全体が盛り上がれるように工夫したつもりです。どのくらい役に立てたか分かりませんけど。


最近は世界レベルの巨大なコンテンツにまで発展していて、僕がヒロアカに関する発言をしたりすると会社からすぐ連絡くるようになったのでめちゃめちゃ気を使っています(笑)仕方ないとは思うのですが、去年くらいから急激に厳しくなったので、売れすぎると大変なんだなと思いました。

–そうなんですね。今はどういった作品を描いていますか?

今はTwitterでいくつか企画を立て、4ページ漫画を描いています。

–なぜTwitterなのですか?

ユーザーがいっぱいいることと、こちらからユーザーの生活に漫画を入り込ませることができるからです。

漫画雑誌はそれ自体が広告塔になっていて、固定客がいることが強みでした。でもその固定客はどんどん減少しています。web媒体も頑張ってはいると思うのですが、基本的に紙雑誌の時と発想が同じでそれぞれがユーザーを取り合って囲う形になっています。

今はメディア同士の戦いで、そもそも「漫画」が選ばれない時点で負けなので、出版社同士でユーザー取り合ってる場合じゃないと思うんですけど…。


僕はゲームでいうSTEAMのような「とりあえず漫画を読むならココ!!」みたいな、どでかい一つのプラットフォームが漫画にも必要だと思っていました。ゲームとか動画アプリに対抗できるくらい最強に面白い漫画を、出版社関係なく上から順にドンドンドンと掲載されてるみたいな。

実は漫画村がそれをやっていて、僕は漫画村と各社が和解して連携する未来もあるのかなとちょっと思ったりもしたのですが、お互い喧嘩腰で全くそんなことにはならず…(笑)そんな状況の中、UIは全然違うのですが、本質的にそのイメージに近かったTwitterを選びました。

Twitter : @dorori_k

–確かに、漫画はTwitterとの相性がよさそうですね!

ただ問題点もあります。さっき言ったUIのことなのですが、画像を4つまでしかあげれないんですよね。
最初は面白ければ関係ないと思って、複数のツイートにまたがった続きものの漫画をやってみたのですが、Twitter社の連投に対する評価がすごく低くて…。スレッド形式だと仕様上そもそも読む機会が減るという問題に直面しました。それでも拡散されてる作品もあるので、自分の力不足というのも大きいと思いますが…


はじめは、Twitterの仕様を変えてやるぜ!!くらいの意気込みで始めたのですが、すぐにしょげかえって4ページ漫画に切り替えました(笑)

–それはやってみてはじめてわかる問題ですね。他にもそういった課題はありますか?

あとは現状Twitterだけではマネタイズができないことが課題です…。みんなそこで時間を消費しているので、対価があってもいいんじゃないかと思うのですが。


ただ、個人的にはそこらへんはこれから変わってくると思っています。時間消費と評価経済はこの国の生産性の定義に深くかかわる問題だと思うので。

だから今はあんまりマネタイズに固執せず、技術を磨いたり漫画のストックを溜めたり、フォロワーを増やしたりすることに評価基準を置いています。

–他の漫画家の人たちの中でもネットに移行する流れはありますか?

人によるんじゃないですかね。
習慣は偉大なので、まだまだ雑誌で漫画読みたい人もいますし、ネット依存してない人もいます。そして現状そういう層の方がお金持ってることが多いので、一概に活動の場をネットに寄せるのが正しいとは限らない気がします。自分が活躍しやすいと思うところで頑張るのが一番いいんじゃないでしょうか。

–なるほど。根田さんとしては今後はどのような活動を行っていきますか?

当面はTwitterで頑張ってみます。
ただ、僕は週刊少年ジャンプが650万部売れた時代と、ワンピースが3億冊売れた時代を両方目の当たりにした人間なので、何かそこに近づける方法を探したいと常々考えています。

日本人の生活スタイルはどんどん多様化し分断されていっていると思うのですが、それらを一つにまとめる、あるいは一つ一つにリーチする方法を探したいです。色々試しているのですが、かなり難しいことだなと感じています。しょぼい漫画家が何言ってんだって感じですし(笑)一生かかってもできない気もするので、まぁただの夢…ですね。

–実現するのを期待しています!今日はインタビューを受けて頂きありがとうございました。

こちらこそありがとうございました!

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